連載 おとなが読む絵本——ケアする人,ケアされる人のために・113
目に見えないものこそ大切な…
柳田 邦男
pp.948-949
発行日 2015年10月10日
Published Date 2015/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686200305
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画家・東山魁夷氏の画集『白い馬の見える風景』を,時折開いて,あれこれ想像の世界で遊ぶことがある。北欧か北ドイツか,そんな異国情緒のあふれる自然や町を幻想めいた淡い日本画のタッチで描いているのだが,どの風景にも,なぜか白い馬がいわゆる添景として挿入されている。
たとえば「緑響く」という作品。ミルキーがかったブルーグリーンで森が描かれている。手前は湖で,さざ波ひとつない鏡のような湖面に,森の木々が逆さにくっきりと映っている。静寂そのものだ。ただそれだけだったら,清々しい朝の湖畔の風景として,《美しい》と感じるだけで終わってしまうだろう。ところが,向こうの岸辺に1頭の白い馬が静かに歩く姿で小さく描かれているのだ。その白い馬の姿も,湖面に映っている。絵の中央にくっきりと横に区切る岸辺の線を境にして,森と白い馬が完璧なまでに上下対称(シンメトリック)に描かれた構図は,見る者をメルヘンの世界へ誘う魅力に満ちている。つまり,1頭の白い馬が登場することで,森と湖の風景が突然,見る者の想像力を刺激して,1編の物語を生み出していくのだ。
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