連載 彷徨い人の狂想曲・4
花曇り
辻内 優子
pp.320-323
発行日 2003年4月10日
Published Date 2003/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686100823
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一人の精神科医が死んだ。抱えていた患者はざっと200人。患者たちは,主治医の突然死に動揺こそしたが,すぐさま自分の薬を切らさぬよう,三々五々別の精神科医を受診した。そして,主治医の急死がいかに自分にとって衝撃であったか,どれほど自分が迷惑を被ったかをとうとうと述べた後,また今までと同じ薬をもらって帰る。患者たちにとって一人の精神科医の死は,主治医の変更を意味するに過ぎなかった。
東郷健郎が駅前の小さな診療所の雇われ院長になってもう1年が過ぎようとしていた。大学病院での研修が終わり,地域に根差した精神科医療をやりたいと思っていた東郷は,地方病院への転属を希望していた。ところが,教授の懇意にしている医師がリタイアするため,院長として誰かに後を引き継いでもらいたいと申し出があり,たまたま東郷に白羽の矢が立ったのである。たった3年の臨床経験でいきなり院長になるなんて,とはじめは尻込みをしたが,「診療所こそ,地域に密接に根差した医療ができるものだ」という教授の言葉を受け,また「分からないことや困ったことがあったら,いつでも医局がバックアップするから」という医局長の言葉を信じ,引き受けることにした。
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