連載 彷徨い人の狂想曲[17]
GAME
辻内 優子
pp.442-445
発行日 2004年5月10日
Published Date 2004/5/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686100742
- 販売していません
- 文献概要
- 1ページ目
地下鉄の駅を降りて,いくつもの階段とエスカレーターを上り,ようやく地上に出る。ビルの谷間に覗く灰色の空。途切れることのない渋滞の大通り。昼休みにオフィスから吐き出された人々が,安いランチを求めて居酒屋の店先に並ぶ。冴子にとっては見慣れたはずの風景が,仕事を辞めてからは自分が場違いな人間のような気がして落ち着かない。大通りに沿って2,3分歩くと,スタバが見えてくる。その角を右に曲がり,2本目の路地をさらに右に入ると,人通りもなく大通りの喧騒も嘘のように静かになった。古い雑居ビルの前に来て,もう一度折りたたんだFAX用紙を広げて見た。確かにこの場所でいいはずだ。注意深く看板を探してみると,「常盤カナコカウンセリングルーム B1」と印字されたA4判の紙が入り口の脇に貼られている。こんなところでいいのだろうかと思いつつ,重いガラス戸を開ける。廊下にはダンボール箱が無造作に積み上げられており,エレベーターもなく薄暗い階段があるだけで,しーんと静まり返っている。自分の足音がカツンカツンと響くのがさらに緊張感を高め,誰にも見つからないうちに引き返したくなってくる。
地階に続く階段は際限なく暗黒の世界に続いているかのようだった。途中の踊り場で行くかどうか二の足を踏んでいると,突然バタンと大きな音がして階下から人が上ってきた。その若い男はすれ違いざまに立ちすくむ冴子を一瞥し,無言で地上に上って行った。予約時間の13時にはまだ少し早いが,冴子は勇気を振り絞り,錆びてペンキの剥げ落ちたドアを押し開けた。
Copyright © 2004, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.