連載 彷徨い人の狂想曲・11
吾唯足知
辻内 優子
1
1心療内科・小児科・漢方医
pp.934-937
発行日 2003年11月10日
Published Date 2003/11/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686100943
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今日子は一人,新幹線のシートに背をもたせかけ,ぼんやり窓の外を眺めていた。うつらうつらと眠気を催したかと思うと,すぐに後ろの子どもの泣き声で起こされる。必死に黙らせようと母親が焦れば焦るほど,子どもは甲高く声を張り上げる。気の毒に思う気持ちと,抱いて連れ出せばいいのにという苛立ちとが入り混じる。一人でいることの気楽さが,こんなとき優越感となる。
医者として必死に働いている間にいつの間にか40歳の峠を越した。結婚と育児で第一線から外れていく同性の医師たちを横目に,臨床にも研究にも精を出してそこそこの地位につくことができた。しかし,ふとしたときに孤独感に襲われる。いつかは人生を共にするパートナーも現れるだろうと思っていたし,自分の子どもを育てることも夢見てはいた。いちばん辛かったのは30代後半だろうか,もう子どもが望めないだろう年齢になっていく自分に,焦りと苛立ちと後悔の念が渦巻いた。医者としては一人前になっても,女としては半人前のような気がして,自尊心が満たされることはなかった。
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