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はじめに
わが国における医療事故発生に予防・対応し,医療の質を高めるためには,医療安全に関する総合的な対策の基盤を整備することが求められており,その前提として,医療安全対策を推進するうえでの基礎情報となる全国的な事故の発生頻度の把握が必要と考えられている。厚生労働省「医療に係る事故事例情報の取扱いに関する検討部会」報告書(2003年4月15日)においても,「医療安全対策を推進する上での基礎情報とするため,全国的な事故の発生頻度の把握が必要である」「我が国においても,諸外国の例を参考としつつ,事故の発生状況の把握のための調査研究を早急に開始すべきである」と記されており,医療事故の全国的発生頻度の把握を可能とする方法論の開発が急務である。
諸外国では,看護師および医師が診療録の遡及的レビューを行なうことによって入院患者の医療事故・医療過誤・有害事象の頻度を把握する大規模調査が実施されている。最初の大規模調査は,1984年に米国ハーバード大学の調査チームにより実施された,ニューヨーク州における急性期病院の入院症例から無作為抽出した3万195件の診療録の遡及的レビューによる調査であった。この調査では,入院患者の3.7%において有害事象は発生しており,そのうち27.6%が過誤によるものであったと報告されている1)。その後,同様の調査手法で1992年にユタ・コロラド両州1万4565件の診療録を対象に再調査が実施され,入院患者の2.9%に有害事象が生じており,ユタ州においては32.6%,コロラド州では27.4%が過誤によるものであったと報告されている2)。
オーストラリアでは,1994年に1万4655件の診療録を抽出し,大規模調査(Quality in Australian Health Care Study)が実施された3)。オーストラリア調査では,有害事象の予防可能性に焦点を当て,医療過誤だけではなくより広い範囲で有害事象を把握することを目的としていた。入院患者の16.6%が有害事象に関係しており,このうち51.2%が予防可能(調査対象件数の8.3%にあたる)であった。 さらに近年では,オーストラリア調査の手法を参考にしながら,数千冊の規模で,英国4),ニュージーランド5),デンマーク6)などでも同様の調査が実施されている。
これらの研究では,さく及的診療録のレビューは2段階で行なっている。第1次レビューは,トレーニングを受けた看護師が調査対象病院に出向いて診療録の閲覧を行ない,ケースサマリーの作成を行なうとともに,あらかじめ定められた基準に基づいて有害事象の可能性についてスクリーニングを行なう。オーストラリア調査では5年以上の臨床研修をもつ看護師9名が選定され,3名ずつ3グループに分かれて病院を訪問している。
第2次レビューでは,医師が病院に出向いて,看護師の作成したケースサマリーならびにスクリーニング結果を参考にしながら,有害事象の有無について最終判定を行なうとともに,その内容・程度・予防可能性などについて判断を行なう。原則として第1次レビューにおいて有害事象の可能性ありと判定された診療録についてのみ第2次レビューが実施されることから,看護師によるスクリーニング作業の信頼性を高めることが,有害事象の把握ならびに頻度推定のための重要な鍵となっている。
そこで本研究では,わが国において診療録の遡及的レビューにより医療事故や有害事象を把握するための手法を確立するため,看護師によるスクリーニング基準を作成することを目的とした。
なお,医療事故とは,過失の有無に関わらず,医療の全過程において発生する人身事故一切を包括してとらえることが多い。このなかには,患者のみでなく医療従事者が被害者である場合や医療行為とは直接関係のない転倒や転落なども含まれることとなるが,遡及的レビューではそのような事例は把握することはできない。また,患者に発生した障害については診療録上で把握可能であるが,事故性の有無については判断が困難な場合も少なくない。
そこで本調査研究では,諸外国で実施された入院診療録の遡及的レビューにおける把握範囲に準じ,「(1)患者への意図せぬ障害(injury)や合併症(complication)で,(2)一時的または恒久的な障害(disability)を生じ,(3)疾病の経過でなく,医療との因果関係(causation)が認められるもの」と有害事象を定義し,有害事象の把握を行なうためのスクリーニング基準を開発することとした。
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