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はじめに
事例研究には,計画的・統制的アプローチの前向き事例研究と省察的事例研究の後ろ向きの研究法が存在するが,今回は,省察的事例研究の実施と推進のための課題,ならびに,研究をどのように実施していくかについて検討する。本稿では,後ろ向き事例研究論文の実際の作成経験および作成サポート経験から論文作成に必要なプロセスを振り返り,課題と実施方法を明らかにする。ここでの「事例」とは,看護事象を表わす。対象である患者や家族と,看護師である自分自身との間に生起した出来事である。「対象」とは,看護事象に含まれる,看護の対象者となった患者や家族を表わす。
省察的事例研究は,何かを明らかにするために,分析したいと思う事例を経験したときに実施される。多くは,対象のよい反応が得られた際に,その看護の何が効果的であったのかを明らかにするという目的や,介入・調整などがどのように行われたのかを明らかにしたいと思う場合に検討される。また,介入が効果的だった場合の対象の特性を知りたい,対象による違いを明らかにしたいなどの場合もある。
対象に何が起こっているのかは,対象に聞く,対象を観察するなど,患者を対象にした質的研究を行う。しかし,看護事象として,看護師が実施した介入などを分析するには,事例研究や参加観察研究でしか明らかにできない。参加観察は短期的な介入であれば研究可能であるが,長期的な介入やかかわりに関する研究は,事例研究のみ可能である。事例研究は,長期にわたる文脈で生じる状況に対する看護を明らかにすることが可能なのである。
事例研究が研究であるためには,①新たな知識・一般的な法則を見出そうとしていること,②研究計画書を作成するなど研究のプロセスを踏まえていること,③研究の視点が定まっていることが必須となる。研究の視点を定めるためにも,事例研究の開始時は,研究課題を明確化するプロセスを経る。明確な目的や研究の問いが設定されていないと,視点が定まらず,第三者が見ても納得のいく結果の提示や結論を導くことはできない。
これらの課題をクリアしていくためにどうしたらよいかを,筆者の論文作成経験から検討していきたい。例として使用する論文は,日本慢性看護学会誌12巻2号に掲載された,「1型糖尿病の療養指導における患者と看護師の『協働的パートナーシップ』」(伊波,2018)である。本論文は,糖尿病であることを受け入れられなかった患者と看護師との協働的パートナーシップのプロセスを検討し,自分の身体と病いの専門家としての患者と疾患管理の専門家である看護師との知識交流を通した,協働の過程を分析した事例研究である。
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