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はじめに
「現象を批判的に思考せよ」の教えと看護研究とのギャップ
あなたが看護を学問として学んだ経験のある看護職者であれば,「現象を批判的に思考する」ことの意義や価値を,おそらくどこかで一度は教えられたことだろう。なるほど,看護学の学たるゆえんは,看護の現場を改革し,患者にとってよりよい看護を提供する,その前提となる知識を蓄積することにあると考えれば,批判的に思考すること,すなわち現に行なわれている状況の可否を丁寧に吟味し,建設的に批判することは,患者の健康と福利,ひいては看護学の発展に貢献する,まことに望ましい姿である。
しかしながら,実際に現象を批判的に思考し,なんらかの疑問を抱き,その疑問を研究的に解明したいと考えても,その手がかりとなる質的アプローチが思いのほか少ないと感じたり,そのようなアプローチを苦心して考え出し,研究計画につなげたとしても,研究倫理審査や学位論文審査などの場で物言いが入り,実施せずに終わったりした人はいないだろうか? 例えば,批判理論に依拠してフェミニスト・アプローチで研究をしようとしたが,教員や査読者の「そうした見方はあなた(研究者)の思い込みに過ぎない」「あなたが考えるほど現場は無知や悪意に満ちていない」「アグレッシブ過ぎる」という感覚的な反応や,「質的研究者は先入観をもたずにフィールドに入るのだから方法論的に適切ではない」といった方法論的懐疑,さらには,「現場の看護師たちが気づいていない,自覚していない負の側面を掘り起こすことは危険であり,倫理的にみて問題がある」「批判的なスタンスに立つ研究者であっては,研究者の中立性が担保できない可能性がある」という研究倫理上の懸念に至るまで,批判的に思考する研究者の活動にさまざまな次元と内容で“待った”がかかり,“もう少しフラットな立ち位置で”と研究計画の修正を勧告する場面に,私自身,立ち会った経験がある。
質的研究に理論を持ち込むことへの違和感や警戒心,理論主導の質的研究に対する問題意識と不信感。上記の抑止状況からは,批判的思考や理論の活用が質的研究の創発的なデザインと矛盾したり,研究者の「中立性」を脅かしたり,研究参加者の不利益につながるという大きな懸念が存在することがうかがえる。本稿では,これらの懸念がどこから生まれ,何を意味しているのか,そこから我々は何を学び取り,どこへ向かっていくべきなのかについて,主としてガービッチ(1999/上田,上田,今西訳,2003)とサンデロウスキー(1993/谷津,江藤訳,2013)に依拠しながら検討してみたい。
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