連載 NIPTと優生思想をめぐって・4
NIPTが優生思想に陥らないために—あたたかい心と連続と不連続の思想
仁志田 博司
1
1東京女子医科大学
pp.602-608
発行日 2019年7月25日
Published Date 2019/7/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1665201313
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はじめに
優生思想の背景にあるのは前号で述べたごとく,自分が他人より優れている,あるいは他人が自分たちより劣っているという差別感情である。われわれの祖先は,長い進化の過程で「人」という単なる生物学的存在から「相手に思いを馳せる共感の心」を勝ち得て,共に生きる社会的存在である「人間」となった。この人間の特性は,最も弱い生き物である人類が,単なる功利的でなく真に相手を思うことが生き残るために最良であることを,数十万年の進化として脳機能(前頭前野)に書き込んだ結果なのである。優生思想の容認は強い者と弱い者の差別社会を生み出し,人間のレベルから動物のレベルに退化し人類の破滅につながるであろう。
NIPTという医学の進歩は,まだ生まれない胎児の優劣を判断することによって命の選別をもたらす。胎児も私たちと同じ人間であるならば,その選別は優生思想そのものである。それを容認することによって引き起こされる以上に大きな問題は,劣っていると診断されて生まれた児もまた優生思想の余波を受けることである。その悪しき典型例が,津久井やまゆり園における障害児(者)への殺人行為である。
NIPTが優生思想に陥らないための最大の歯止めは,生命倫理的思考であり,共に生きる「あたたかい心」である。もちろん私たちの社会が存続するためには,どうしても共に生きていけないレベルの障害を持つ子どもがいることを受け入れなければならないが,そのような現実に単なる切り捨てでなく対峙するためには,本号で解説する「連続と不連続の思想」を理解することが有用である。
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