新カリキュラム講座 一般教養課目・3
哲学編III
高橋 憲一
1
1上智大学文学部
pp.50-53
発行日 1967年10月1日
Published Date 1967/10/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663908874
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真理の問題
前号に引続いてこれからも,なるべく代数の授業を例にとって真理の問題を説明しようと思うのであるが,ここで少し注釈を加えておかなければならないことがある。それは,特定の真理でなくて真理一般を考察する際に,数学の命題を例にとることが適当であるかどうかの問題である。いうまでもなく,数学の真理は観念対象についての真理であって,実在対象についての真理とは大いに性質が異なる。ライプニッツが〈理性の真理〉と〈事実の真理〉を区別したゆえんである。
後者の例としては,“ナポレオンは1821年5月5日に死んだ”という命題がある。これをわれわれが真理として承認するのは,われわれがそれを語る人間の誠実に対して信頼をおくからである。批判的な頭をもつ生徒が,この命題を教える教師に向かって,“先生はそれをどこから知ったか”と質問したばあい,教師は“私が自分でそう決めたから”とはいえないはずである。教師もそれを権威のある歴史年表などによって知ったとしか答えられないはずであろう。ふつうに生徒は教師のいうことを信じやすいが,それは教師が理由もなく自分たちを欺くはずがないという信頼によるのである。実際そうであるほかない。一回限りの事実については,それを直接に見た人間だけがその事実に関する命題の真偽を判定できるのであり,それ以外の人間は目撃者の誠実に信頼するほかないのである(これは歴史学における史料批判の問題にもつながる)。
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