教育技法研究 目で見る看護史—魅力ある看護史の授業をめざして・6
岡山孤児院の母となった石井辰子[その1]
高橋 政子
1
1看護史研究会
pp.820-825
発行日 1983年12月25日
Published Date 1983/12/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663907915
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新しい道を看護婦に求めて
石井辰子(吉田辰喜,1863-1927)は,京都看病婦学校6回生(11人)の1人として,1893(明治26)年6月に卒業した.
年すでに30歳,彼女は福岡の人で,関西法律学校(明治19年創立,現在の関西大学)の創始者・吉田一士(明治23年病没?)の未亡人であった.子どものなかった彼女が,看護婦を志して,発展途上にあった京都看病婦学校に学んだ経緯についてはつまびらかではないが,おそらく夫亡きあとの生きがいを仕事に求めて,第二の人生を歩もうとしたものであろう.
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