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はじめに
歴史という言葉に該当する英語の“history”には,経歴や身の上話,さらには報告的な物語のニュアンスもある.地球上には70億を超す人間が暮らし,その一人ひとりにユニークな物語がある.人間ほど面白いものはないと感じる人々が歴史に興味を抱くようである1).
また,主として地域的に同類の人々が集まった国家の数は公式には約200あり,それぞれユニークな来歴を有する.国は国際社会の構成員として擬似人格を有するかのごとく,文化を共有しつつある.地球規模で国際社会の紛争解決と協調を目指す運営機関として1920年に発足した国際連盟は,1945年に国際連合が設立されたことで1946年に解散した.これらは主権国家を否定したH. G. ウェルズ(Herbert George Wells, 1866-1946)らの期待に反するものとなりはしたものの,より洗練された国際機関の発展は人類社会のグローバル化を推進し,さまざまな領域の文化も世界中で共有されつつある.2016年1月現在の国連加盟国数は193で,日本が承認している国は195である.両者の大多数は共通だが,前者の中には日本が承認していない国も含まれる.
歴史と遊ぶ楽しみの一つは,自己が消滅した後の未来社会を夢見ることである.自分が職業としてかかわってきた医学や医療の将来はどのように展開していくのだろうか.万物は刻々変化しているとはいえ,生物であってもDNAの多くを共有しながら「継代」しているので連続性があり,歴史を想起することで,あるべき姿の必然性を錯覚させてくれるので面白い.そこで,歴史と遊ぶことで,自分の選択した職業とその専門性について納得したいと願い,個人史を振り返ってみた.現在を肯定するなら,連続する過去のすべてが肯定されるごとくであるが,現在を肯定したいと願うので,過去は脚色されがちである.その点には注意したい.
医療は,それを洗練させる医学だけでなく,社会のあり様を反映して展開してきた.医学については,歴史上脚光を浴びた人々と同時代に,同様の志を抱き,時に名を残した人以上にいい仕事をした無名の人々のいることに気づくことがある.医療については,ヨーロッパにおける市民革命を経た近代社会で,急速に対象を拡大し,ライフを救い,ライフの質の向上を目指すようになった.リハビリテーションは医療において脚光を浴びた時代を経て,医療を含めた福祉の目的としても定着してきたように感じる.
私は,自分の職業として医師に固執していたわけではなく,また医学部に進学してからの専門についても,明確な興味を抱いた領域はなかった.常に,そのときそのときの成り行きで選択し,しかし仕事には真面目に取り組んできたつもりである.医師という職を続けてきて想うことは,孔子を気取って「我道一以貫之(我が道,一を以て之を貫く)」と言いたいと願うことである.学校や職場では,常によい師,優れた先輩,同僚,後輩に恵まれた.モットーとしては中庸と忠恕を心がけてきたつもりである.儒学における中庸は,「−5〜+5の幅で価値の選択があれば,最善の+5を目指すことである」と自分なりに理解した(補遺参照).また,忠恕はアダム・スミスの説く“sympathy”に通じる意味で理解している.
自分がリハビリテーション医学を専攻した理由を後方視的に眺めると,当然のように思えてくる.障害や差別について考えざるを得ない機会が重なり,仕事に就いてからは過去の思い出に照らして考えることが多かった.そこで,あらためて歴史と遊びながら,リハビリテーションと医療について考えてみたい.
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