わが国の女子教育/1
目的は良妻賢母の養成(封建時代・明治期)
福地 重孝
1
1日本大学
pp.1
発行日 1966年7月1日
Published Date 1966/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663905647
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「女大学」の教育
武士による専制的な支配体制にあった封建社会では,身分格式が重視され,女は女の「分」を守ることがたいせつとされた。男女7歳にして席を同じうせずといった極端な差別意識は,儒教の主従道徳をつよく女性におしつけたのである。女性はむしろ三才なきを以て徳とするといわれ,知的な教養をみがくことは軽視された。
数多く出版された女子教育のテキスト「女訓書」は,貞淑にして従順な女性,男子に好かれ,親や夫に服従する女の道が教えられていた。「女は生れては父に従い,嫁しては夫に従い,老いては子に従う」という三従の教えがそれであり,また生活技術としては機織・裁縫・洗濯・料理を婦功といっておしえられ,女子教養といえば,遊芸的なものが重んぜられたのも,すべて男子本位に育成されたことを示している。
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