連載 景色の手帳・3
隅田川
武田 花
pp.166-167
発行日 2000年3月25日
Published Date 2000/3/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663902218
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川の水面に私は顔を出していた。見上げると、大きな赤錆びた鉄橋が覆い被さっていて、怖いようだ。私は水底のほうから、今、水面に上がってきたところらしい。傍らに母がいる。でも、母は水に浸かっていない。宙に浮かんでいるらしい。私は泳ぎ出す。汚れてどぶ色の川を、我ながら見事な泳ぎで進んでいく。両岸を見渡すと、その川は隅田川であった。川の真ん中を川上に向かって泳いでいるのだ。あたりは薄暗く、船も人の影も見えない。早朝らしい。私はどんどん泳いでいく。顎と両肩に生温い水が重たく当たり、少し勇ましいような気持ちもしている。母は私の左後方を浮かんだままついてくる。時々、すうっと近づいてきては、私の左の耳元に何か話しかけてくる。次の場面では、私は駅のホームにいる。横に立っている母に、「では、行って参ります」と、丁寧にお辞儀をしている。これからどこかに出かけるところだ。
この夢を見た十年以上前は、よく母が私の撮影について来た。
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