連載 景色の手帳・4
工場の男
武田 花
pp.246-247
発行日 2000年4月25日
Published Date 2000/4/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663902234
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駅前から、ごちゃごちゃとした飲み屋街を抜けたところに、その路地はある。低い木造平屋が立ち並び、どの家も狭い路地に覆い被さるように斜めに傾いていて、ちょっと妙な気分。夢の中で見たことがあるような町並みだ。路地の上には真っ青な空が細く見えているが、ここまで陽は射さない。真っ昼間なのに、ひっそり。でも、幽かに聞こえてくる……高架線を走る電車の音、犬の遠吠え、赤ん坊の泣き声、テレビの音。
黒いトタン屋根で覆われた家の奥からは、金属的な機械音。窓の曇りガラスの向こうで火花が飛んでいる。ギーゴーガーゴーと機械の唸る音が止むと、「なるほど、なるほど」と、男の呟き。続いてガチャガチャと何かをいじる音。そして、「ふーん、なるほどなるほど」と、また男の声。窓も戸口も閉まっているので、何の工場だかわからない。
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