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看護技術の練習と習熟
大学を卒業し、臨床に出て驚愕したのは「看護師の技の巧みさ」だった。NICUに所属していたとき、保育器のなかで呼吸器を装着されながらもすやすや眠る低出生体重児に対し、最小限の侵襲でそっと気管内吸引を行い、やさしい口調で語りかけながらポジショニングを整え、繊細で柔らかなタッチングで何事もなかったかのように再び眠らせる先輩看護師の手技(以下、「てわざ」と読む)を目の当たりにして感動を覚えた。私は憧れの先輩から「ぶっきぃ(不器用な私に対して愛着をもった呼び名をつけてくれた)、これで練習しておいで」と、持ち帰り可能な吸引の物品を渡されたことを今でも鮮明に覚えている。どうしたら先輩のすばらしい手技を自分のものにすることができるか。「技術の習熟」について、はじめて意識したのはこのときだった。たとえば口唇口蓋裂児に対しては、どうすれば快適に哺乳ができるか。自分なりに工夫を重ねて見いだしたその手技を、どのようにして児のお母さんに「伝授」したらよいか。私にとって臨床の場は数々の手技の追究の場でもあった。
看護学生は伝統工芸に代表される匠の技と同様に、教員や臨床指導者のプロフェッショナルな技を見ては模倣し、練習して、これを繰り返すことで技術を習熟させてきた。この背景には、学生には真面目さと地道な努力と鍛錬が必要といった特有の美意識があったのかもしれない。しかし、人工知能の学習やスポーツ選手のパフォーマンス向上のための動作分析などの研究からは、単に見て模倣して繰り返すだけでは、技術の効率的な習熟を促せないことが明らかになっている。また、生活環境が急激に変化した近年の若者の感性・感覚・運動能力・生活能力は、われわれ以前のそれとは違いが大きく、特性に合わせて教授の仕方も変化させなければならない。そして、今般のCOVID-19の影響で臨地実習の機会は激減し、プロフェッショナルな技を見る機会も減った。対面授業や接触が制限され、基礎教育の場ですら思う存分に練習ができないという事態に混乱も起きたが、これは看護技術の教育方略を見直し、より効率的に教授する方向へシフトするチャンスなのではなかろうか。
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