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Ⅰ.はじめに
ヒトの体には約400個の筋肉があり,約200個の骨をつないでいる.そして,これらの筋肉が収縮すると関節の角度が変化して体が動く.このとき,各々の筋肉がそれぞれ勝手に収縮していたのでは体の各部位がただばらばらに「動く」だけで,ある目的を実現するためのスムーズな「運動」のイメージからはほどとおい.ある一群の筋肉が一定の組み合わせと時間経過で協調して収縮したときに,初めて意味のある動きがひきおこされる.これでもまだ十分ではない.個々の筋肉を一定のパタンで活動させることができても,外界の環境(外部負荷など)やわれわれ自身の体の状態(体位,筋疲労など)が異なれば,体は違った動き方をする.したがって,「上手に運動することを学習する」ということは,「目的を達成するために,状況に応じた適切なパタンで筋群を活動させるためのメカニズムを獲得することである」といいかえられる.つまり,①一定の運動を発現するメカニズムが基礎にあり,その上に,②それを変化させたり選択したりするメカニズムを考える.後者の働きが狭義の運動学習である.
まず,運動を発現する基礎的なメカニズムを簡単に確認しておく(図1).運動中枢の働きは,大きく3つのレベルに分けて考えると,理解やすい1).つまり,①「何を行うか」という戦略的プランをたてる最高位のレベル,②「どのように行うか」という戦術的プログラムをたてる上位のレベル,③「命令を正確に遂行する」下位のレベルである.最高位のレベルは,大脳皮質の諸領域(運動前野,補足運動野,連合野など)や,大脳基底核,小脳,辺縁系などが結ばれた複雑な神経ネットワークで,このなかでのインパルスのやりとりの結果,上位のレベルの中心である一次運動野からどのような運動指令が下位のレベルに向かって出力されるかが決まる.例えば,辺縁系で運動しようという意欲がおこり,それに基づいて連合野はどういう運動を行おうかというアイディアを決め,それをどのような順序で(基底核や補足運動野)どのくらいの強さで(運動前野や小脳)行うかプログラムを具体的に調整して,最終的に上位レベルで運動野が出す命令が作られる,といった具合である.下位のレベルの中心は脊髄にあり,ここでは上位脳からおりてくる命令に従って,各種の反射性調節を含む神経回路(サーボ機構)の働きにより運動ニューロンの活動パタンが決定される.
運動ニューロンは,筋線維に「収縮しろ」と直接命令する.運動ニューロンが1回活動(インパルスを1つ発生)すると筋線維は1回だけ瞬間的に収縮する.これを単収縮といい,その強さと持続時間はそれぞれの筋線維によってほぼ決まっている.そして,インパルスが続いて発生すると,単収縮が重なり合って大きな力を発生したり,収縮が長い間持続したりする.つまり,どの運動ニューロンがどのように活動するかで,諸筋の活動パタンが決まる.このように,運動は,中枢神経系の内部ではインパルスを介して計算される情報として表現されており,それが筋肉に伝えられて初めて力学的な実体として実現されるのである.
運動を行っているとき,それぞれのレベルには様々な感覚情報が入ってくる.これらの感覚に基づいて,行おうとした運動は目的を達成するために適切なものであるか,出された運動指令は自分の体調・運動能力に見合った適切なものであるか,進行中の運動は適切に遂行されているか,などがチェックされているのである.そして,これらの評価に基づいて,運動中枢の働きはつねに修正・最適化されている.この過程を積極的に,目的をもって行うことが,すなわち運動の学習だと考えられる.したがって,本稿では,運動学習も上記3つの運動中枢レベルに分けて考えてみたい.すなわち,最高位のレベルではどのように運動の構想を練って具体化し,上位のレベルではどのように効率のよい運動指令をつくり上げ,下位のレベルではどのように反射を調節して運動をスムーズに行えるようにしているか,という問題である.以下の章では,これらを,具体的イメージのつかみやすい下位のレベルから順に検討する.Ⅱ,Ⅲ章では主にウサギ,ネコ,サルなどの動物実験のデータに基づく知見を,Ⅳ章ではヒトでの実験結果を中心に紹介する.
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