連載 スクリーンに見るユースカルチャー・23
分かりにくい変化
小池 高史
1
1横浜国立大学大学院環境情報学府
pp.583
発行日 2008年7月25日
Published Date 2008/7/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663100955
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長くモラトリアムを過ごしていると,時に,消費した時間の長さに愕然とすることがある。これまで貴重な時間を無駄に費やしてきたのではないかと不安になることがある。一方で,かつての自分と,どこか大切な部分が変わってしまったのではないかと思う。他方で,逆にかつての自分と何も変われていないのではないかと悩む。そんな矛盾した不安を抱いてしまうのである。“トリュフォーの再来”とも呼ばれるアルノー・デプレシャン監督の『そして僕は恋をする』は,そこのところを実にうまく描き出している。
29歳の主人公ポールは哲学者であり,大学の講師を職としている。しかし彼は,自分がこの職に留まっていることに不満を持っている。ステップアップのための博士論文は6年間もまとめられないでいる。安月給と社会的地位の低さに不満を持ちつつも止むに止まれぬ現在の生活を,「中途半端な生活」と自称している。ある時,共同で論文を執筆したこともある昔の友人が,助教授としてポールの職場の大学に赴任してくる。かつては同じ地点にいたはずの2人の間にできてしまった差を目の当たりにし,それまでは曖昧なものとしてあった彼の不安は,しだいに明確かつ具体的なものへと変わっていく。
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