連載 ニュースウォーク・28
縛りゼロは尊厳
白井 正夫
1
1元朝日新聞
pp.606-607
発行日 2000年7月10日
Published Date 2000/7/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662902228
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高い天井の広い本堂に座りながら,あの時,なぜひもを解いてやれなかったのか,という思いがまた溢れた。いつまでも残る心のおりである。この春,ふるさと新潟で父の7回忌法要をすませた。静寂を余計感じさせる読経の中で,悔悟の思いに似たわだかまりは,なかなか消えてくれない。
母と2人暮らしの父が手洗いにたったまま動けなくなった。肺炎とわかり,地域でも頼りにざれている病院に即入院した。何日かして,看護婦さんから思いがけない話を聞かされた。夜中に父が廊下を歩き回り,ベッドに戻すのにひと騒ぎしたというのだ。「点滴も外すし,ぼけてらっしゃるようよ」。迷惑そうな言葉だった。何日かして,身内が来たのと引き換えのように,父の両手首をベッドに括りつけていたひもを解きながら,「昨夜はいい子だったですよ」と看護婦さんが言ったという。「いい子」なわけだ。これでは身動きできない。横になっていることが多かった父だが,手洗い,入浴は自分でできた。それが入院で一気に老いを見せた。しかし,いくらなんでも「夜間ひも縛り」はかわいそうだ。掛け合ったら「私たちも困るんです」と書われ,あげくに医師から「急患の肺炎は治ったから」と退院を求められた。
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