発言席
新しい地域保健法をも震憾させた阪神大震災
北岡 修
1
1兵庫県西宮保健所
pp.257
発行日 1995年4月10日
Published Date 1995/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662901121
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神戸市灘区のやや高台,六甲にある神戸大学の南にあたる所が私の住まいである。その朝,激しい上下震と,ねじれるような震動と同時に,レンジ,テレビ,タンス,本棚の倒れる音と食器棚が倒れ食器類の砕け散る音が響きわたった。スタンドハンガーに掛けてあった洋服が,一斉に私の布団の上に飛び重なり,その一瞬後,枕許の本箱がドサッと倒れてきた。布団一枚,服数枚のクッションで,本箱の角で頭部を直撃されるのを免れた。
「神戸で,これだけの揺れだと震源地は大変だぞ」と思った。阪神間には地震はないと思い込んでいるのだから,油断していたといったものではない。全くの予期せぬ出来事だった。対応の遅さを指摘されても,全く返す言葉もないていたらくである。電気,ガス,水,それに電話という文明の利器を奪われて,情報連絡がとれないまま,それぞれ独自の判断で,現状と対決する決断を余儀なくされていた。
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