発言席
命の炎はまだまだ燃えている
片桐 隆
1
1国立小諸療養所
pp.593
発行日 1994年8月10日
Published Date 1994/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662900968
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40名内外の痴呆性老人が起居しているこの病棟は,静かな雰囲気をただよわせている。静かにゆっくりと歩いている老人が2,3人いる。音もなく箒を使っている老人が1人動いている。ごくまれに「先生!」という呼び声があがる,元校長先生が教師を呼び寄せる声である。しかし大方の老人は,病棟の中心部のホールの側面にしつらえてあるソファーに座している。互いに肩を並べ,膝に手を置き,対話することもなく黙然と座っている。
この病棟の入口に続いて,ホールがある。入口を通り,このホールに入った人が誰でもよい,「今日は」と老人の1人に声を掛けたとする。「今日は」とチャンと返事が返される。ときには「ここへお座りなさい」と誘われることもあろう。君はそこへ座ってもよい座らなくともよい,どちらでも許される。君は一驚する,あくまでも穏やかで温和な老人の態度に,そして病棟内のたたずまいに。多忙とストレスの渦巻く日頃の職場で傷ついている心が,慰される思いがするかも知れない。一方で,痴呆性老人は皆このように一様に温和で静かな状態を示すものだと勘違いするかも知れない。
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