編集者から読者へ
"ママおうちが燃えてるの"の著者によせて
所沢 綾子
1
1編集部
pp.10
発行日 1961年8月10日
Published Date 1961/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662202375
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私が演劇の世界に入つて最初に,今は亡き土方与志先生から言われたことは,
「芝居に入つた以上,親の死目にも逢えない覚悟をしろ.舞台人にとつて何より大切なことは舞台であり,舞台をみにいらしてくれるお客様である.個人の事情を舞台に影響させてはいけない.舞台がある以上,親が死にそうでも飛んで帰れないのが演劇人の宿命である」
という言葉であつた.その時,身にしみるように仕事のきびしさを感じさせられたものだつた.その言葉を聞いて1年目だつた,民芸の滝沢修の奥さんがなくなつた.多分,「ゴッホ」の上演中であつたように記憶している.そして土方先生の言葉の通り,滝沢修は奥様の死目にもあえず,ゴッホの舞台をつづけたと聞く.しかし翌日の最前列の客席は1つ空席となつて奥様に捧げる花束がその1つの席を占め,観客はその花束に拍手を送つたということであつた.しかし土方先生は,その空席の花束についても,批判的であつた.お客様のための席を,個人の問題に使用するのはよくない,お客様に関係のないセンチメンタルでしかない,といわれていた.
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