特集 保健婦学生がインタビュー 先輩が語る戦後の活動の軌跡(2)—23道府県・25人の証言
関西
公衆衛生活動の主役は住民,と改めて—水田はるえさん(滋賀県)
小林 淳子
1
,
橋本 典子
1
,
村井 直美
1
,
村瀬 ひろみ
1
1滋賀県立総合保健専門学校保健学科
pp.330-334
発行日 1984年5月10日
Published Date 1984/5/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662206827
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はじめに
我国の組織的な保健婦活動の先駆は巡回産婆であり,関東大震災により,この気運が促進された。一方,社会情勢は戦時色がしだいに濃くなる中で,結核対策,母子衛生,国民体力の向上等を図るため,昭和12年に保健所法が制定,翌13年には厚生省が設置された。
このような国の動きを背景に滋賀県においては,昭和13年に県下初の長浜保健所が開設され,その後19年までに,大津,高島を初め9か所の県立保健所が設立されていった。
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