特別企画 歴史に学ぶ
大阪府保健所保健婦の歴史—明治,大正,昭和初期の社会 保健の背景と保健婦誕生
上田 美代子
1,10
,
臼井 キミカ
2,10
,
川崎 すま子
3,10
,
小谷 玲子
4,10
,
田辺 清子
5,10
,
津村 寿子
2,10
,
中田 智子
2,10
,
中山 典子
1,10
,
中村 克子
5,10
,
中村 裕美子
6,10
,
西野 美知子
4,10
,
林 義緒
7,10
,
藤田 廸代
8,10
,
三宅 智恵子
2,10
,
山下 洋子
9,10
1大阪府立成人病センター
2大阪府立公衆衛生専門学校
3元大阪府保健所
4大阪府狭山保健所
5大阪府布施保健所
6大阪府岸和田保健所
7大阪府守口保健所
8大阪府池田保健所箕面支所
9大阪府貝塚保健所
10衛保会歴史部会
pp.250-277
発行日 1981年4月10日
Published Date 1981/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662206362
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……大阪乳幼児保護協会は,内務省の意向とは無関係に発足し,独自の構想で小児保健所を設立したのである。協会の小児保健所は昭和3年元町に設置された大賀小児保健所に始まり,聖バルナバ小児保健所,長谷川小児保健所がこれにつづき,昭和4年4か所,5年1か所と増設された。……いくつかの事業のうち,その根幹をなすものは「小児保健所の設置および普及」であった。むしろ,協会は小児保健所事業を行うために作られたものであったということができ,その小児保健所の中核をなすものが,保健婦活動なのであった。(大国美智子:保健婦の歴史;p.20〜21,医学書院より抜粋,傍点本誌)
大阪は保健婦活動の発祥の地とされている。それらしき動きは他にもあったが,なぜ大阪が発祥とみなされているのか。人々の生活の場から生まれてきた過程があるからである。
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