発言席
Baby Killer
向井 承子
pp.89
発行日 1979年2月10日
Published Date 1979/2/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662206079
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アフリカなど第三世界の乳児死亡率が,人工栄養の普及につれ急にたかまった,と伝えられたのは,3年ほど前のことである。いまさらの話題かもしれないが,理由は,使用説明書も役に立たないほど文盲率の高い原地を,ただ商品売りこみのマーケットとだけ捉えた企業マインドにあったようだ。ミルクを川の水で溶く,哺乳びんを洗わない,濃度も正確でない,など日本人には信じられないような現象が数々起きた結果である。"強く,たくましく……"といった,日本でもよく聞かれるタイプのCMが毎日のようにラジオから流され,極端なケースでは,"このミルクは肌を白くする"とまで宣伝されたという。
手もとにあるPAG(国連たんぱく諮問委員会)の資料は,その当時ナイジェリア,アフガニスタン,パキスタンなどでは,ミルク代が月の収入の半分以上をしめていた様を浮き彫りにしている。ただ,わが子を健康にしたい,というだけの母たちの願いが,どんなにくらしを追いつめていったのか。統計は冷たい数字の羅列にすぎないが,突然の"文化"にもてあそばれた母子の姿はまざまざと数字の間に見えてくる。
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