声
五月祭シンポジウム傍聴記
外口 玉子
1
1国立武蔵療養所
pp.72
発行日 1968年10月10日
Published Date 1968/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662204304
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テーマが「公衆衛生を担う人びと」であるならば,何人かの講師のうち一人くらいは当然,この公衆衛生を担う人びとがじっさいにはどこにどんな形でおかれているのか,そこは担い手たちそれぞれがもつabilityを生かしきれる場であるのか,などに関する問題提起を真正面から行なう必要があったように思う。すなわち,戦後,ある時期には公衆衛生活動の"最前線"とおだてられ,ある時期に"たそがれ説"や"夜明け前説"などによって叩かれてきている「保健所活動なるもの」に対する見解を,そこに働らく人々がどんな問題をかかえこまされているかという観点からもっとはっきりと出されて然るべきではなかったか。
"Health Center"という名が泣きそうな"行政ルートの末端の一単位"として扱われ,しかも並みいる公衆衛生畠のbrainからはときにおだてられこそすれ,疎外されているのが現状の保健医療体系の中の"保健所のおかれ方,あり方"にふれずに「担う人々」について語りきれはしまい。公衆衛生活動の中枢はいずれに……?Health Serviceの指導機関として期待されるはずの保健所はいったい,どこからどのように体質改善されるべきなのか……?といったことの討議過程が欲しかうたように思う。
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