保健婦の眼
約束
淡島 みどり
pp.53
発行日 1954年1月10日
Published Date 1954/1/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662200668
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私には2人の幼稚園に通つている甥がある.或る朝その家にゆくとその日は丁度子供たちが,「おべんとうのない日」だというので久し振りではあるし,11時に幼稚園に迎えにゆくと約束をした,子供たちは今日はおばちやんがお迎えにきてくれるというので大変よろこんで出かけて行つた.ところが急な来客でその約束の時間になつても出向けない.家のものはその中あきらめて帰つてくるでしようからと案外気にもとめていない.客をおくり出すと大人の足で10分ばかりの幼稚園めがけて走つてゆくと2人は1時間もすぎているのにちやんと待つているのである.小さい方の1人は「赤いべべきた可愛いきんぎよ」と板べいをたたきながら大分くたびれたようにうたつているし,大きい方の坊やはブランコをおしたりひつぱつたりしている.私がこえをかけると2人はにつこりとさも安心したように駆けてきて私にだきつく.保姆の先生も出て来られて「きつと御用が出来たのでしようからもう帰つた方がよいと云うのですが必ず約束したからくるとこうして待つているのですよ」とおつしやつている.
私はすつかり喜こんでキーキーはしやいでいる坊やたちの手をひきながら帰つたわけだが,この日のように子供におしえられたことも,又その海岸の町の冬のさきぶれの西の風をしみじみと感じさせられたこともない.
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