特集 患者の生活の場へ—訪問看護の実践
母親の発病により離散した家族—私の訪問看護記録から
速水 敏子
1
1門真保健所
pp.492-495
発行日 1976年5月1日
Published Date 1976/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661917874
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結核性髄膜炎の後遺症のため下半身麻痺となり,その後車椅子で外出することができるようになった山田えいさん(仮名・39歳主婦)と市役所で落ち合った私たちは,今,社会課で児童相談所のワーカーと面接している.3年間養護施設に預けていた4人の子供たちを引き取る相談である.
入所当時は小学校6年だった長男和彦君は今高校入試に挑戦しており,2男友彦君は中学2年に,そして3歳だった長女の光ちゃんが4月に小学校入学となるので,途中で転校しなくてすむようにこの機会に引き取りたいという母親の希望である.4歳の大ちゃんは保育園へ預けねば……という態勢で困難はあるが,親子6人の生活を回復する方針を決めた.‘私なんかもう何の役にも立たんから死んだ方がましだ……’とあきらめながらも,何度か夢に見たであろう日がようやく現実のものとなろうとしている.15日が和彦の卒業式で,23日が友彦の終業式だから下の子もそれまでいて……などと,転校・入学のための健康診断,保育所の入所手続きなど打ち合わせがすんだ後,えいさんはしみじみワーカーに語っている.‘ほんに運ようあのときこの方が来てくれなはってなあ’と—
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