文学
評論家の書いたある作品—臼井吉見「安曇野」
平山 城児
1
1立教大学文学部
pp.114-115
発行日 1965年12月1日
Published Date 1965/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661913821
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新宿の中村屋夫妻
新宿はいまや東京の副都心のひとつと号して,戦前以上の発展ぶりを見せている。新宿駅自体が民衆駅として豪壮なビルとなり,あまりに豪華になったために,待合室もなく,多すぎる出口の存在とともに,客たちをまごつかせている。かつては奥まったところに,小ちんまりとかまえていた紀伊国屋書店が,これまた風変わりなバカでかいビルに変貌した。その紀伊国屋書店に面したところに,中村屋という店があるのを,皆さんはご存知であろう。現在の中村屋は,パンや月餅にはじまって,ありとあらゆる食料品も売り,カレーライスで有名なレストランも経営しているので,一口に何屋と名づけることはむずかしい。しかし現在では非常に有名になり,現に私の住んでいる東京のはずれでも,ちゃんと中村屋製のパンと月餅を買うことができるくらいである。
その中村屋も,当初は東大の前にある小さなパン屋であった。そしてその主人は,信州の農家の出である,相馬愛蔵という男で,妻は良(りょう)という,小柄な婦人だった。良はペンネイムを黒光という。中村屋のお菓子の中にも,たしか,この黒光という名のついたものもあったはずであるから,思い出される方もあるかもしれない。
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