連載 ナースのための心理学入門 総論・3
欲求と無意識(続編)—子どもの親に対する感情を中心に
高木 隆郎
1
1京都大学医学部精神科
pp.93-96
発行日 1966年12月1日
Published Date 1966/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661912978
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6.コムプレックスについて
さて,前講で,人間の欲求が満たされないときそれが意識下に抑圧されることをのべましたが,実さいにそんな証拠でもあるのでしょうか。この節ではその抑圧された欲求の亡霊とでもいうべきコムプレックス(complex)についてのべましょう。
前節でもすこしふれましたが,諸君のなかにはきっと,何かにつけて勝気な,人に負けまいとする性格の強い人がいるでしょう。心理学は,教育学でも倫理学でも,道徳教育でもありませんからそうした人とか性格が〈よい〉とか〈わるい〉とかいった,価値的な判断はいたしません。しかしともかく,われわれは現代の競争社会に生活しているので,つい他人と自分を比較し,容貌とか,頭脳とか,地位とか,あるいはある特定の人(たとえば親とか異性とか職場の上司とか)による認められ方や評判などで,自分が他人よりすこしでもまさっているということが意識できれば,ある意味で,それだけ幸福かもしれません。ところが,自ら他人と比較して,何らかの点で劣っているようなばあい,それでも混乱に陥らないで社会生活を円満につづけ,一応の適応を保つには,人にすぐれたいという欲求は,抑圧されねばなりません。しかし,それが何かにつけて頭をもたげ,たとえば〈代償〉という機制で,別の方面で人にすぐれていることを見出して満足したり,あるいは,つまらぬことをいいがかりにその相手と争い,ときには暴力で制圧しようとしたりすることもあります。
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