Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
障害者としてのセルバンテス―『ドン・キホーテ』続編の「読者への序文」
高橋 正雄
1
1筑波大学障害科学系
pp.580
発行日 2009年6月10日
Published Date 2009/6/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552101536
- 有料閲覧
- 文献概要
『ドン・キホーテ』の続編(永田寛定訳,岩波書店)は,1605年に発表された正編の好評を受けて1612年頃書き出され,1615年に完成した作品であるが,この続編の序文では,作者のセルバンテス(1547~1616)が自らの高齢と障害に関する弁明を試みている.
この序文のなかで,セルバンテスはまず,正編発表後の世評に触れて,「いきどおらざるをえなかったのは,わしが爺いだ,腕もげだといわれたことじゃ」と,自らの高齢と障害に対する周囲の嘲弄に怒りを表明する.このうち,高齢に対する嘲笑については,「おしえておきたいのは,白髪がものを書くのではなく,脳みそが書くので,脳みそは年と共によくなるのが普通ということじゃ」として,高齢になっても文筆能力は向上するという現代にも通ずる高齢者観を示しているが,彼が向きになって反論するのは自らの障害に関わる部分である.歴史上名高いレパントの海戦で受けた傷のために左手が使えなくなったセルバンテスは,「わしの腕は,過去と現在の世紀が見た最も崇高な機会,未来の世紀が見る望みのない機会に折れたもの」であるとして,次のように主張する.「兵士は,逃げて無事なるよりも,戦場に倒れたるがりっぱでな,このことを固く信ずるにより,もしも今,一つの不可能をすぐ実現させてやるがと言われても,あの驚嘆すべき戦いに加わらないで無傷のすこやかな体でいるのはごめん,あのたたかいに加わった身でありたいのじゃ」.
Copyright © 2009, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.