連載小説
胎動期〔11〕
十津川 光子
,
久米 宏一
pp.45-50
発行日 1960年12月15日
Published Date 1960/12/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661911218
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何となしに級友たちの意味ありげな視線が気にかかり,被害妄想にでもなつたのではないかと,春子は自分を疑つた事があつた。それだけに洗濯場での会話が納得できるのだつた。
蝿取紙に手足をべたつかせてどうすることも出来ない蝿のように,春子は自分の立場をどう処置してよいものかわからなかつた。唯,途方もない誤解の渦中にある自分が悲しかつた。草深い秋田の山奥にいた頃は,何のこだわりもなく自由奔放に振舞うことの出来た春子だつた。それが,東京に出て2年も経たない間に人と挨拶を交わすことさえ重荷になり,内向的な無口な人間に変つていた。見るもの聞くものすべてが劣等感の対象になるのだ。
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