連載小説
胎動期〔3〕
十津川 光子
,
久米 宏一
pp.41-45
発行日 1960年4月15日
Published Date 1960/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661911078
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抵抗の芽生え
S大医学部附属高等看護学校は,三人の専任教師のほか医学部の講師陣も加わり,学生の数より講師の数が多いというのが自慢で,解剖生理の課目一つ例に拳げても,骨には骨,筋肉には筋肉と,それぞれ専門の講師が担当するというデラックスなものだつた。
ユーモラスな弁舌で始終教室を爆笑させて帰る講師,かと思うと,教室の空気には一切無頓着で飄々と計画通りの教案を忠実に果して帰る講師,「勉学の虫になるな,人間性の触れ合いこそ大切なんだ」と学生たちの身近かに寄つて講義をすすめる若い講師,レコードと楽譜持参で教室をサロンのようにやわらげながら,共に歌い共に語る語学の講師,こうしてそれぞれの個性と特徴が親しまれ,学生間に人気のある医学部の講師陣に反し,まつたく評判の悪いのは教務の辻主任が受持つ看護倫理の時間だつた。基礎看護学を教える宮田正子には,まだ先輩としての失敗談やら脱線話があつて興味深いものであつたが,婦長会議での学生の悪評を挽回しようとあせる辻主任は,その看護倫理という時間を最大に利用して,批判精神の旺勢な学生たちを,牧総婦長の三十数年間かかげ通して来た「素直で小羊のように従順なナイチンゲール」たらしめるために大変な熱の入れようだつた。
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