教養講座 小説の話
二葉亭四迷の“浮雲”
原 誠
pp.60-63
発行日 1956年9月15日
Published Date 1956/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661910183
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二葉亭四迷とは,妙な名前です。勿論,これはペンネームで,本名は長谷川辰之助。どうして二葉亭四迷などという講釈師か落語家のようないわば戯作者めいた筆名をつけたかというと,その真偽のほどは保証できかねますが,こんな言い伝えがあります。
彼は明治維新の5年前に,江戸の市ケ谷で生れました。父は吉数と云つて尾張の藩士。維新後は官吏となつて,名古屋・松江・東京と転々と勤務地を変えていますが,わが子の教育には熱心で,8歳のときにフランス語を修得させたのをはじめとして,漢学・数学などを移住先々の学校で学ばせました。そして,サムライあがりのこの嚴格な父親は,わが子を軍人にしようとして,陸軍士官学校を受けさせたのでしたが,近視眼のために3度も不合格。そこで軍人を断念して外交官にさせ,国際舞台に活躍させようと,明治14年(四迷18歳の時)に外国語学校の露語科に入学させました。当時としては,かなり進取の気象に富んだ父親です。一方,四迷もその父親の薫陶をうけて,胎動する過渡的な明治黎明期のなかで,人となり,子供の頃から維新の志士的な心情をはぐくまれていたのでした。これは彼の生涯に大きな役割を果しています。ところで外国語学校に在学中の四迷は,ツルゲーネフ,ゴーゴリ,ドストエフスキーなどの小説に親しみ,次第にロシヤ語教師からうけた文学的感化も手伝つて,知らず知らず,文学修業をつんでいたのです。
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