講座
精神の訴え
土居 健郞
1
1聖ルカ女子短大
pp.50-53
発行日 1955年4月15日
Published Date 1955/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661909792
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精神科領域における患者の訴えについてまず考えたいことは,この科における訴えの重要性と特異性である。他の科を訪れる患者の場合は,病気のために苦痛をこうむつていると自覚し,それをとり除いてくれると信ぜられる医者に苦痛を訴えるのであるが,精神科領域における訴えの場合は,患者が必ずしもそれを病気のためと自覚しているとは限らない。むしろ病気という自覚,すなわち病識のないことが多く,従つて医者を訪れるのは,本人よりも周囲の人の訴えによることが少くないものである。この極端な場合は,精神病者乃至精神病質人格者が何か犯罪をおかし,その後にいたつて始めて精神の異常を疑われ,精神鑑定のために精神科に廻される時である。それではこのような場合,またこのように極端でなくても周囲の人の訴えによつて精神科の診察を乞う時は,本入自身何の訴えもなかつたかというと実はそうではない。本人はそれまでになにかにと訴えていたのであるが,たゞそれは馬鹿々々しいことゝして,誰もそれをまじめにとりあわなかったというのが多くの場合の実情である。これと反対に強い病識をもち,何らかの身体的苦痛を訴えるが,診察の結果身体的な変化はみあたらず,精神科に廻されてくるということもある。さてこの最後の場合に限らず一体に精神的な訴えは他の身体的訴えと異り,他覚的症状を欠くがこれが至つて少なく,従つて訴えだけで病状を判断せねばならぬことが大多数である。
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