発行日 1954年12月15日
Published Date 1954/12/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661909713
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島野弓子は風の美しさと風のきびしさをこよなく愛している女です。彼女はその二つの風,“美しい風”と“きびしい風”を思い出す二つの物語をもつているからです。“まづ美しい風”の物語からお伝えしましよう。
終戦の翌年(戦災で家も庭も焼いてその焼跡にバラツクをたてゝすみ,その空地に野菜をつくり,みかん山に間作の芋をつくつて足りない主食をおぎなつて暮していた頃のこと)その頃の弓子の心は全くのところ,立ちあがる気力もない程ひしやげていました。それは戦争のうらみも戦災の傷手も,まだ十分に抜ひきれないまゝでいるのに,唯一つの希望であつた自分に好意をよせていた隣家の長男の帰還のしらせが戦病死のしらせに代つてしまつたからでした。
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