連載 A子とともに(コント)・11
美しい笑
關口 修
pp.60-63
発行日 1952年11月15日
Published Date 1952/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661907177
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いつものように4時に外來を締切り,醫局の整理が終つたときは,A子の両腕と両肩は一日の疲勞に重かつた。唇は,患者との應對にとりかわされた樣々の慰めや言いわけや,挨拶に疲れはてて,ぬるいお茶と沈黙のほか何も要らなかつた。そして脚だけが無意識に動いて,A子を椅子に腰を懸けさせた。
窓から見る表通りはもうたそがれである。薄れてゆく太陽の鈍い光の中に,こまかい粉のように漂つてくる夕闇の色——その光と影がもつれ合う下に走る電車自動車,ゴーストップに搖れる人の波,喫茶店靴みがき中華料理,肉屋洋品店……果物屋の店先ではとりどりの菓物が,ネオンの光を吸つている。ただがらんとした空だけが,A子の波れた心に反應しているようだつた。
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