発行日 1949年1月15日
Published Date 1949/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661906417
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こんな筈はない,ついさつきまで今日の廻診に備へて必要な記事をかきこんでゐた病歴がなくなるなんて!!あとはどこを搜せば良いのだらう?試驗室もみた。病室は各病室を最早何囘か廻つて念入りに搜した。この一つの病歴を搜して居るのは私1人ではない。この病棟の受持であるナースの諸孃は皆搜し廻つてゐる。特に主任のK看護婦はまるで自分が夫くしたかの樣な眞劍な顔付きであちらこちらと搜し廻つてゐる。廊下で顔をあはせると『先生,まだ見つからないのですか?本當にどうしませう。私がうつかりしてゐて!!もうすぐ教授の廻診が初まるそうですが!!』と本當に心配そうな顔付である。皆さんも御存知の樣に大學の臨床教室では患者の病歴を特に大切にする。それは唯單に其の患者の病状とか經過が記載されてあるばかりでなしに種々檢査の結果や,外科では手術の時の所見などがかきこんであつてこれは臨床の研究の最も大きな手がかりがあり,又證據である。特に私の先生のS教授は教室に入院した患者の1人1人の病歴が教室の財産であるとまで云はれて大切がつてゐた。そして先生が病歴を貴重がるのは一通りではなく,しかもその病歴の中でも稀らしい疾患だとか又は新しい手術法を試みられた場合などには特に大切に取扱はれた。當時私は大學を卒業して2年目ぐらいのまだ新米であつた。新米であつたから先生がこわかつたと云ふわけでなく私はその後尚10餘年S教授に師事して居つたが大學中でS教授は最もこわい先生と云ふ評判の人である。
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