発行日 1949年1月15日
Published Date 1949/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661906416
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病院看護顧問醫師は市衞生局の企畫に注目すべき役割を果してゐる。
ニユーヨーク市の衞生局,妊産婦及び乳兒の看護計畫遂行に當り看護顧問醫師制度を設けて置いてから3年になる。昭和19年に,ニユーヨーク市では,乳兒死亡率が増大し,その死亡は主として,下痢に起因する事が判明した。恰度戰時中の事であり,看護婦が極度に不足して,病院の看護施設が一般に低下していた際の事である。この頃,出産率は却つて上昇していたのである。公衆衞生看護婦顧問醫師が登場したのは,この問題に對應し,病院の人員を擴充し,看護技術を改良し,妊産婦,乳幼兒用の病院施設に於ける患者の病氣傳染を未然に豫防するためであつた。
公衆衞生看護顧問醫師は,昭和19年の後半及び翌年の上半期に,ニユーヨーク市の70の病院で第一次調査を行い,引き續き同年の後半期に第二次の調査を行つたのである。
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