発行日 1948年4月15日
Published Date 1948/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661906314
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「ドクター,宮永バイジョーム(行かう)」
と言つて,12月の或る夜,收容所の私の部屋の入口にソ軍の衛生中尉ビストラが現れた。ビストラとは(早く)とか(迅速に)とか云う意味であるが彼は清潔整頓がやかましく口癖のやうに「ガラス,ミズ,オユ,ビストラ,ビストラ」と言つて,床に水とお湯を流し硝子でこすれ早く早くとせき立てるから,何時とはなしにビストラが彼のあだ名になつていた。獨ソ戰の前線聞き覺えて今でも話せるのが大變御自慢だけと甚だ下手くそな彼の獨逸語と,私の片言変りの露語と,手眞似足眞似でやつと次のことがわかつた。即ち,ロシア女が子宮出血で苦んでいるから,脱脂綿,ガーゼヨーチン等を持つて直ぐ來てくれと云うらしい。私は衞生伍長のKを連れ,彼の後を追つた。収容所の鐡欄に沿つた雪道を通り近くの樵部落に行き,彼の部屋で外套を脱ぎ,其處から遠からぬ或る民家に入つた。
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