連載 考える
続・家族の肖像・5
同行二人
柳原 清子
1
1日本赤十字武蔵野短期大学
pp.470-475
発行日 2000年5月1日
Published Date 2000/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661903472
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春,遺族の小さな集まりに参加しての帰り道,「体験者じゃあなければ,本当のつらさはわかりませんよね」とため息をつくように,話しかけてきた老婦人がいた.会合の中で堰を切ったように「息子に告知できなかったのです.だから本人は,どうなっているんだ,なぜなんだという思いで一杯だったろうと思います.最後のほうは,もう母親の私の顔をまっすぐに見てはくれなくなりました…」と切なそうに訴えた人だった.その叫びは胸に迫るものがあった.
初冬.私は郊外へ伸びる私鉄沿線の風景をぼんやり見つめながら,電車に揺られていた.そう,あの時の松井さんを訪ねての道行である.小さな駅で降り,踏切を渡り,まっすぐに伸びた道を歩いて行くと松井さんの住むマンションにぶつかった.そこには「ぶつかった」の表現がぴったりなほどの高層建築が建っていた.道路まで出迎えてくれた松井さんは「よいところに案内しましょう」といって私の手を引く.
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