連載 臨床の詩学 対話篇・9
救いの言葉
春日 武彦
1
1成仁病院
pp.70-77
発行日 2010年8月1日
Published Date 2010/8/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661101675
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先日の晩、東京四谷のブック・カフェで、朗読と対談を行った。大竹昭子さんの「カタリココ」という催しのゲストとして参加し、そのときには木山捷平と串田孫一のエッセイと自分の短篇を読み上げた。自作を朗読したのはそれが催しのルールだったからであり、自己顕示欲に駆られて図々しく披露したわけではない。
対談のパートではやはり「言葉」についての話題となり、客席に質問を募ったらこんなことを尋ねられた。
「臨床の現場で、患者さんに与える救いの言葉があったら教えてください」
一瞬、絶句した。そんな言葉をすらすら口に出せるくらいだったら、わたしは聖者である。だが世間の人は、精神医療に携わっている者は聴診器やメスの代わりに《救いの言葉》を用意して患者と向き合うと思っているらしい。
しどろもどろになりながら、決めゼリフみたいにして差し出す《救いの言葉》なんてないなあ、と答えたのだった。ただしそれに近いものは、ある。
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