連載 いのちの詩を読む・8
発見する心(わたしは誰でしょう?Ⅰ/鈴木ユリイカ)
新井 豊美
pp.610
発行日 1988年8月25日
Published Date 1988/8/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611207432
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ちいさく繊細な言葉の繭を作って自己完結したがる詩人が多い中で、鈴木ユリイカの詩のスケールの大きさは見事だ。この詩人には人間が生きてゆく上で出合うさまざまな現象のひとつひとつに、生き生きと反応してゆく、まるで永遠の子供のような純粋さと、健康な正義感がみちあふれている。そして、その発見の心が彼女の詩をひとりの女性の感情世界から、現代という時代が避けがたくになっている多くの難問、戦争や飢えや不正や、環境破壊や核の問題を通して生きることの倫理発見へと、否応なしに向き合わせてゆく。
だから鈴木ユリイカの詩に、社会問題が直接のモテイーフとしてうたわれていても、それはイデオロギーやテレビを見ながらのお茶の間の同精心などとは次元の異なった、生きることへの純粋で熱意ある根源的な問いから発していることはいうまでもなく、その言葉が内側から流れ出るものの白然でしなやかなリズムを持つのはそのためなのだ。
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