私と読書
「母乳は愛のメッセージ」を読んで
藤原 宰江
1
1岡山県立短期大学看護科
pp.646-647
発行日 1985年7月25日
Published Date 1985/7/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611206691
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新しいいのちへの何よりの贈り物
母乳栄養が見直され,社会的に関心が強まってきたのは,ここ10年ほどのことのように思われる。私は昭和28年から小児看護に携わる機会を与えられたが,その頃の社会は人工栄養への依存がかなり濃厚であった。戦争中の貧困がまだ尾を引いている頃で,こどもたちを"大きく育てる"ことに異常なまでの執着がみられた。牛乳栄養のデメリットが克服されて,粉乳の開発がすすんでぎた時で,粉ミルクによって加速的に体重の増加がみられたことから,赤ちゃんコンクールで入賞する乳児の多くが,人工栄養の旗手として登場した時代でもあった。
当時私が就職した国立岡山病院は,附添を認めない"完全看護"の最先端を担っていたから,当然のことながらほとんどのこどもが粉ミルクを飲んでいた。昭和27年には全国に先がけて未熟児保育が始められ,これら弱小未熟児に与える乳の検索も盛んであった。その頃小児科の医長であった山内逸郎先生(この本の著者で,現国立岡山病院長)の指示のもとに,未熟児用のミルクを調合し,細いビニール管を使って留置栄養を始めた頃の思い出が,鮮やかに甦る。しかし先生は当時から,プレミルク開発のかたわら母乳銀行の構想をもち,母乳の良さを解明することに余念がなかった。長持ほどの大きさの冷凍庫にたくさんの母乳を集め,忙しい診療の合間を縫って母乳の分析を進めておられたようである。
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