連載 ほん
その負うた哀しみを……
塩原 経央
pp.57
発行日 1973年1月1日
Published Date 1973/1/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611204465
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第4回大宅ノンフィクション賞を受賞した,女性史研究者・山崎朋子による『サンダカン八番娼館』は,明治から大正にかけて海外に売春婦として売られていった《からゆきさん》の実態をまとめたものである。
著者は最初の章で,「第二次世界大戦における敗戦によって日本帝国主義が崩壊し,女性にも政治的・社会的な諸権利が保障されるようになってはじめて,〈女性史〉というものが成立するようになるのだが,しかしわたしに言わせれば,それらの女性史は,ごく少数の例外のほかは,いずれも一部エリート女性の歴史であって,決してそれ以外のものではないのである」と,本書執筆の動機を語っている。この視角はまことに至当ではあるが,己が性を鬻(ひさ)ぐことの悲惨さを語るのに,すでに書き残されている女工たちの悲惨と比較して,労働力をひどい低賃金で売って生きる生活と,セックスまでも売らざるを得ない生活と,どちらがいっそう悲惨であるか!」とその軽重を問うている。こうした悲惨さのランクづけはいらぬことで,本当は資本主義育成期に極限的に顕現した資本の凶悪な爪跡は残りなく注視しなければならないのである。
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