随筆
弄薬
春 三
pp.30-31
発行日 1960年6月1日
Published Date 1960/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611201923
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「頭に来ちやつた」などと近頃の若い人の間で言い交わされている.何が頭にくるのだろうか? 何かある刺激でカアーッとなつてしまつてとつさの間,無思慮無分別で慎重な思考のない状態が,これに近いありさまを言うのであるらしい.つまりあまりに不意の強い刺激が来たということなのであろうか.以前はあの人はとうとう頭にのぼつちやつた,などと使われた言葉は,何かあまりよくない病気が体の下部の方から段々蝕んで,登りに登つて頭脳まで犯しそのために常規をはずした様な行為をするようなときに——又,変つた行動をとるという意味に使われたと思われた.だから,この「のぼる」という言葉が,しつくりした警句となつた様なときもあつたものだが,頭に血が来たとは言わないで血が頭にのぼつたと言われた様である.つまり顔が赤くなつたときはのぼせると言つて「頭に来た」というときには血が頭にのぼつたと言うのでなくて,のぼせあがつているというのは時にはどう判断したらよいかわからぬまでになつて怒気,天を衝くの状態のこともあり,殊に中年の男性などは,このために自分の行動がわからなくなつてしまうものもあるらしい.それにくらべて頭に来たと言うのは何となくユーモラスの感じがしないでもない.又,血が下つたとも言うので,この様に昔は血が上つたり下つたりするものと考えられたのであるが今はこれは血管運動神経のはたらきによるものとされている.
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