短歌のまどい
短歌入門(9)
長沢 美津
pp.58-61
発行日 1956年9月1日
Published Date 1956/9/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611201128
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1.近世の歌風(江戸時代)
近世になると徳川幕府が施政の方針として漢学をすすめ儒教をひろめたので.和歌史の上では新古今以後にひきつづき冬枯時代と見られている.漢文が盛んになると反動として国学が復興してその勢いに促されて和歌も或る程度まで復興したが,それは国学に附随したものであるから古典的色彩を免れ得なかつた.見方を変えれば近世の歌は復古調から始まるともいえる.
江戸時代の思想の流れに二つの大きな傾向がある.一つは儒教を中心とする理想主義的な流れで,いま一つは庶民中心の現実主義的の流れである.この時代に抬頭した庶民性とは,経済的な実力を握つた町人階級によつて促進されたものだけあつて実生活に深い根ざしを持つて幅広い発展を遂げている.文学が貴族や僧侶によつて独占されていた中世までの特色に較べて,量の上でも体裁の上でもずつとくだけて現実生活に直結するようになつた.武家本位に政治を布き武士道を指導精神としてかかげて,純文学は武門の教養から排除され,伝統的の和歌謡曲などが倫理的修養を扶けるものとして認められていたにもかかわらず,近世独自の文学の諸様式が真に近世的な性格を比較的自由な町人階級の間に速かに進展し生彩のあるものをのこした.この庶民性への推移ということが近世の大きな特徴となつた.
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