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斑鳩の里—中宮寺
金子 良運
1
1東京国立博物館
pp.7
発行日 1954年4月1日
Published Date 1954/4/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611200576
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彌勒菩薩像
いつの頃いかなる人の手に造られたものかは知る由もありませんが,寺で如意輪観音と呼んでいるこの飛鳥の彌勒菩薩の像ぐらい,清らにそしておゝらかな佛像が他にあるでしようか.彌勒菩薩は将來この世に下生して,釈迦に代つて再び末法の濁生にあえぐ衆生を救うため,今は兜卒天という浄土で修業しつつある未來の佛慈悲の菩薩といわれていますが,ともかく円形の須彌山を象つた高い吉祥座に腰かけて,半跏に組んだ左足を蓮のうてなに踏下げながら凝と思惟をこらしている像容は,激多い佛像の姿態の中でも最も美しく,しかも夢があります.ゆらゆらと春の野に燃える陽炎にもまごう素晴しい光背を頂き,頭上に円な二つの寶髻を結んでそれから両肩に添つて流れる蕨手形の垂髪,わずかな胸のふくらみ,或は右手の肘を膝に托しふくよかな指先で軽く頬を支えながら,伏めな面にえみをたたえつつ静かに來し方行末に想をはせる目指しなど,汚れを知らぬ乙女の体に假の姿をかりたこの像からは,におうばかりの浄らかさがあふれていて,佛像というにはあまりにも美しいものです.他からわずらわされる事のない自己だけの世界,思索と冥想,そして明るい孤独,それがこの像を包んでいる雰囲気ともいえますが,しかし又その反面あくまでも濁世の現実に立脚し,その醜さを直視しつつしかも遠い未來へ理想を求めている佛性こそ,それはそのままに飛鳥びとの祈りでもあり憧れだつたに違いありません.
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