紙上美術展
西ノ京—藥師寺・3
金子 良運
1
1国立博物館
pp.45
発行日 1953年12月1日
Published Date 1953/12/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611200505
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薬師寺には吉祥天女像と呼ばれる一面の額裝の名画が伝えられています.この画像は彩色も鮮かに,巾37cm縦53cmの麻布に吉祥天女が画かれているもので,奈良時代の色々な繪画の中でも,常に正倉院御物の鳥毛立女図屏風や繪因果経などと共に,その最も代表的な作例の一つに数えられている名品です.吉祥天女はその名の示すように吉祥と幸福とを司る天女で,必ず美しい女性の姿で現されていますが,特に奈良時代には,五穀の豊饒をもたらす女神としても信仰されていたようです.手左に眞紅の宝珠を捧げ,華かな髪飾りも美しく大袖の禮服に背子と裙を着け,胸に瓔珞手首には腕輪を飾り,薄絹の五色の領布を風になびかせながら斜に立つているこの薬師寺吉祥天女の雅びな姿は,さすが絢爛たる奈良の時代に画かれたものだけに,流麗な筆致でしかも力強く,おほらかに育まれた天平の美女の禮裝に粧こらす豊満な姿態を写しています.いかにもふくよかな顔の輪廓太く長い眉毛,花の蕾にも似た紅唇,背子のクリから僅かにのぞく白い豊胸,或は指先のしなやかさなど,現身の女身を写しながらその中に理想の美しさを求めて,よくこの俗世の汚れを知らぬ気高い佛格が表現されているものです.引目カギ鼻に画かれている藤原時代の上﨟や江戸好みのなよなよとした柳腰の美人などは,較べるのも愚かな事ですが到底足元にも及ばない素晴しさです.
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