なでしこのうた
女工里ちゃんの結婚
塩沢 美代子
pp.133
発行日 1970年11月1日
Published Date 1970/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661917680
- 有料閲覧
- 文献概要
南アルプスと中央アルプスの山並みにはさまれて流れる天竜川の峡谷は美しい。伊那谷と呼ばれるこの流域には,緑こく静かないかにも農村らしい風情がみられ,その村々に住む人たちには,人なつっこい方言の味そのままのあたたかい肌合いがある。里ちゃんはその代表的なタイプである。
伊那谷の農家に生まれ,伊那谷のなかで嫁いだ里ちゃんが,里帰りと称してしばしば訪れるのは伊那の中心飯田市にある製糸工場T社の寄宿舎である。なるほど40歳の彼女の半生のうち,21年をここに働いていたのだから,まさに生家以上であろう。それに老いた両親をあいついで見送ってしまったあと,兄さんのお嫁さんが主である実家には,多少の気兼ねを伴うが,古巣の工場に働く仲間たちは,5年前まで職場でも組合でも大黒柱だった先輩を,心から親しく歓迎してくれ,彼女はのびのびと足を投げ出してくつろぐのだ。
Copyright © 1970, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.