Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
狂言『月見座頭』—障害者との対等な関係
高橋 正雄
1
1筑波大学
pp.470
発行日 2023年4月10日
Published Date 2023/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552202811
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狂言『月見座頭』(田中千禾夫『現代語訳日本の古典14』,学研)は,下京に住む座頭が,「なさけ心のある人々は,野原に出たり沢のほとりをぶらぶらして月を眺め,歌を詠み,漢詩を作ってお楽しみになります.私も月を見ることはできませんが,野原に出て虫の音を聞いて楽しもうと思うのです」と考えて,中秋の名月の夜に野原に出かけるという話である.この座頭は「目の見えない者にとっては,世の中に物の音色ほどほんとに面白いものはありません.なかでも虫の音にはさまざまの音色があって,ひときわ面白いものです」と,目が見えなくても虫の音を聞くことで月見の雰囲気は味わえると言うのである.
そこには,視覚障害者にも視覚障害者なりの月見は可能であり,健常者同様に風流を味わうことができるという障害者の自然鑑賞や芸術鑑賞にかかわる主張が含まれているが,そこへ上京の者が現われて,座頭との間で,「坊さまは月を見ることはできないだろうに,何を楽しみにそこにおいでかな」,「私は月を眺めることはできませんので,虫の音を聞いて楽しむのです」,「なるほど.人それぞれの楽しみ方もあるもんですな」といった会話が交わされる.そして意気投合した二人が互いに古歌を詠み,酒を酌み交わしたり舞いを舞ったりして,座頭が「今夜は思いもかけない御馳走になって有難うございます」と礼を言い,上京の者も「私もよい楽しみをしましたわい」と言って別れるのである.
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